2022年7月30日

昨日仕事終わりに三回目のワクチンを打った。今朝になってやっと副反応が現れ始め、微熱があって首も肩もだるい。身体の不調も原因がわかっていれば、冷静に変化を観察できるし、少し面白い。鼻が詰まったりするとわかるんだ、というやつ。

勝手にいなくなったり、理由なく疎遠になったり、気まずくなって会えなくなった人たちとの和解の夢を度々見る。今日みたいに、変な時間に目が覚めて、もう一度寝直したときの夢に見ることが多い気がする。私にとって都合がいい夢。そういう夢を見た日は1日最悪の気分で、ということもなく、かえって調子はよかったりする。今日は何かテストを受けた後、答案を郵送しなくちゃいけなくて、そしたらポストの前でばったり出会った。「そのまま投函しちゃだめだ」と言われたから「じゃあやり方を教えてよ」と頼んで、それから2人でバスに乗った気がする。

2022年7月26日

ライブ鑑賞の予定がズンズン入って行く。嬉しくなりかけたところで「まあ行けるかどうかはわからんが」と心にストッパーがかかる。ぬか喜びにすら至らない。楽しい予定を楽しみにしたい。

友達の厚意により、見逃していたエビ中の春ツアーファイナル公演のアーカイブを見ることができた。本人たちが言う通りユニゾンが明るくなったことはもちろん、真山や安本の仕上がりきった歌声と、まだ少し不安定な新メンの歌声とが共存していることで、既存曲もこれまでより多面的に聞こえる気がする。春の嵐は今まで見たパフォーマンスで一番いいと思った。衣装も春の妖精みたいだし、人数が多いから風の表現がぐって一段上がってた感じ。あとポップコーントーン、前から好きだったけど、ライブでやって初めて完成する曲なのを今回でやっと気づいた。あと愛のレンタルの最後の真山の表情とか美怜ちゃんの「くれ〜」の拳きいた声と表情のギャップとか夏だぜジョニーの小久保さんの奇行とか板挟み歌穂とかきゅるんサビのヤスの衣装ふわ!ってなるとことか挙げて行くとキリがないがもう眠いので寝る。あーでかどんでんも最高だった…。

2022年7月23日

会社で食事会があった翌日に欠勤し、その次の日に出勤したら社内ではすっかり「飲み過ぎにより休んだ新入社員」という扱いだった。朝掃除機をかけていたとき隅っこでひっくり返っているゴキブリを見つけて、「まるで昨日の私のようだ」と呟いたら、「僕もまだ適切な量を見誤ることありますんで」と背中越しに慰めが飛んできた。その日は誰かと二人きりになるたびに「そういうことってあります…」「これから気をつければ」と神妙な顔で声をかけられ、「いや本当に酒かどうかはわからなくて」などと弁明する余地はさらさらなく、自嘲気味に笑って断酒の誓いを立ててはまた慰められた。機嫌を損ねた社長からはうっすら無視を決め込まれていて、2週間くらいはいたたまれなさが続くだろう。

それでも「コロナ陽性でした」と報告するよりよほどマシだった。絶対感染していないと断言するのは難しい状況で食事会を敢行したのは上の人たちだけど、会社まるごとクラスター化した張本人という評価が下れば復帰後の仕事でも冷や飯を食らっただろうことは簡単に想像がつく。そういう会社だし、そういう会社の方が多いのではないか。それよりは二十歳をゆうに越してまだ酒の量も知らないやつ、と思われていた方がいい……のかどうか。ほかの社員の前で気ままに飲めなくなることが現在いちばんの懸念である。梅酒ロックで飲ましてくれ!もう一軒!おーい!

会社に欠勤の連絡をしたあと、発熱外来をやっている病院に電話をかけていった。繋がらない病院が二件、もういっぱいなので、と断られたのが一件。話には聞いていたがこういうことか、と思う。その時点で私は既に微熱だったのだが、高熱で頭も朦朧としたなか繋がらない電話をかけ続ける孤絶感はどれほどのものだろう。

ようやく繋がった大きな病院に、日傘を差してぼとりぼとり歩いて向かう。坂道を上がりきると、病院の前にずらりと並べられたパイプ椅子に多くの患者が身を預けているのがみえた。三方向にカーテンのかかったテントは小児科を受診する親子の待機場になっていて、中からは元気な声もつらそうな泣き声も聞こえて来る。わたしは一番はじのパイプ椅子に座って、アクエリアスを背中のほうに置き、検査の順番を待った。真後ろに置いてある身長より大きな空調装置はゆっくりと首を振って、30秒ごとに正確に、私の髪に大きなため息を吹きかける。前方では蝉がやかましく鳴いていて、私は何にも考えたくなく、思いつくかぎり片っ端から愉快なラジオ番組を聞いた。

テントの中がいっぱいになったようで、隣のパイプ椅子に若い父親と2、3歳くらいの子どもが座った。父親がポケモンの絵本を開いてみせ、「これは?」とページに指を指すと「りざーどん」とか「ぴかちゅ」とか答える。天才だ。作家独自の絵柄で描かれたポケモンはみなおおらかで魅力的で、ちらちら横からのぞいていたところ、しばらくして親子が別の席に移っていった。私はますます透明になりたくなる。

2時間半くらいして、陰性であることが告げられた。アクリル板にあいた穴から看護師さんが手を伸ばし、私の鼻から採取した粘液によれば、私は陰性であるらしかった。帰る途中スーパーに寄り、プリンとヨーグルト、キャベツとクノールカップスープなどを買った。家に帰って床に寝転ぶと、床に積んであるまだ読んでいない本がたくさん目に着いた。それらから目を逸らし、YouTubeTwitterをながめていたらその日は過ぎた。

2022年7月18日

大事な他人の大事なフェーズを、大体決着ついた頃に知らされるのが私の常で、後から知るたびに申し訳なく情けなく、布団の中にグズグズ引きこもって忘れるまで寝ようとして、こういう自己中心的なところが頼りにならなさの証左だ!と思いあたりまた落ち込む。

2022年7月13日

『五匹の子豚』を読み終えた。『五匹の子豚』は比類なくおもしろいし、エルサのような奔放で未熟で傲慢な登場人物のことを、高校時代なら問答無用で嫌っていたのに、そうではなくなっている自分に気がついた。

面白い本を読んでもテレビを見ても料理を作ってもなんだか気が晴れない。楽しくない。

2022年7月11日

2日間地元に帰省して、いとこの結婚式に参列していた。10歳以上年上のいとこ、ないし新郎は、私が物心ついたころには既に大学に進学し、立派に職を得ていたし、親戚付き合いにまめに参加するタイプでもなかったので、顔を合わせた回数がとても少ない。もし仮面をつけたいとこに「似顔絵描いて〜」と白い紙を渡されたら、私はちょっと悩んだすえに、とりあえず丸メガネをかけさせ、「ご勘弁を…」といいながら提出するだろう。立場が逆でも似たようなものだろうと思う。

そういう間柄であるので、誓いのキスだのケーキ入刀だの両親への挨拶だの、見ちゃいけないものを見ているような気持ちだった。場違いさを紛らわすべく、景気よく拍手をして景気よく杯を空にしていたら、大きなテーブルの向こうから母が大袈裟に眉をひそめて合図してきたので可笑しかった。チャペルはこぢんまりと美しく、料理はすばらしく美味しく、参列者は笑って泣いて忙しく、全てが行き届いていた。ちょっと出来すぎなくらい。

よき日の端っこを陣取って粛々と酒を飲む。結婚式及び披露宴に参加したのは今度で2回目で、1回目は色々あって何もわからないまま巻き込まれたけど、今度は比較的心に余裕があった。プログラムが進んでいくにつれ、私にはできないなーと確信が深まっていった。それは決して悲観的なものではなく、現時点における私のいくつかの事実が、簡明になっていくプロセスだった。彼らにはできて、私にはできないこと。彼らがもっていて、私がもっていないもの。

帰りは叔父の車で送ってもらった。後部座席には私、妹、祖母が座っていて、あまりベタベタしない祖母が、妹の腕をぐっと握っていたのが心に残った。着く直前でパッと離して、「重くてつかれた」と言ったのが祖母らしく、私も妹も笑った。実の兄妹である叔父と母は週に何度も顔を合わせているはずなのに、終始喋りどおしだった。私の生まれ育った街は、なんとなく光が白く、街並みの色が浅い感じがする。

2022年7月7日②

仕事終わりに前のバ先をふらっと訪れたら、両手でぎりぎり抱えられるくらいのボウルに山盛り盛られた素麺が待ち構えており、フードファイトに巻き込まれた。中学生から大学生まで全員ウンウン言いながら素麺を啜る。私は紙コップに少しずつ素麺をよそったものを両手に持ち、お椀が空くのを今か今かと待ち受けていたら「お、お前も食えや!」と叱られて愉快だった。いい七夕。