2022年7月23日

会社で食事会があった翌日に欠勤し、その次の日に出勤したら社内ではすっかり「飲み過ぎにより休んだ新入社員」という扱いだった。朝掃除機をかけていたとき隅っこでひっくり返っているゴキブリを見つけて、「まるで昨日の私のようだ」と呟いたら、「僕もまだ適切な量を見誤ることありますんで」と背中越しに慰めが飛んできた。その日は誰かと二人きりになるたびに「そういうことってあります…」「これから気をつければ」と神妙な顔で声をかけられ、「いや本当に酒かどうかはわからなくて」などと弁明する余地はさらさらなく、自嘲気味に笑って断酒の誓いを立ててはまた慰められた。機嫌を損ねた社長からはうっすら無視を決め込まれていて、2週間くらいはいたたまれなさが続くだろう。

それでも「コロナ陽性でした」と報告するよりよほどマシだった。絶対感染していないと断言するのは難しい状況で食事会を敢行したのは上の人たちだけど、会社まるごとクラスター化した張本人という評価が下れば復帰後の仕事でも冷や飯を食らっただろうことは簡単に想像がつく。そういう会社だし、そういう会社の方が多いのではないか。それよりは二十歳をゆうに越してまだ酒の量も知らないやつ、と思われていた方がいい……のかどうか。ほかの社員の前で気ままに飲めなくなることが現在いちばんの懸念である。梅酒ロックで飲ましてくれ!もう一軒!おーい!

会社に欠勤の連絡をしたあと、発熱外来をやっている病院に電話をかけていった。繋がらない病院が二件、もういっぱいなので、と断られたのが一件。話には聞いていたがこういうことか、と思う。その時点で私は既に微熱だったのだが、高熱で頭も朦朧としたなか繋がらない電話をかけ続ける孤絶感はどれほどのものだろう。

ようやく繋がった大きな病院に、日傘を差してぼとりぼとり歩いて向かう。坂道を上がりきると、病院の前にずらりと並べられたパイプ椅子に多くの患者が身を預けているのがみえた。三方向にカーテンのかかったテントは小児科を受診する親子の待機場になっていて、中からは元気な声もつらそうな泣き声も聞こえて来る。わたしは一番はじのパイプ椅子に座って、アクエリアスを背中のほうに置き、検査の順番を待った。真後ろに置いてある身長より大きな空調装置はゆっくりと首を振って、30秒ごとに正確に、私の髪に大きなため息を吹きかける。前方では蝉がやかましく鳴いていて、私は何にも考えたくなく、思いつくかぎり片っ端から愉快なラジオ番組を聞いた。

テントの中がいっぱいになったようで、隣のパイプ椅子に若い父親と2、3歳くらいの子どもが座った。父親がポケモンの絵本を開いてみせ、「これは?」とページに指を指すと「りざーどん」とか「ぴかちゅ」とか答える。天才だ。作家独自の絵柄で描かれたポケモンはみなおおらかで魅力的で、ちらちら横からのぞいていたところ、しばらくして親子が別の席に移っていった。私はますます透明になりたくなる。

2時間半くらいして、陰性であることが告げられた。アクリル板にあいた穴から看護師さんが手を伸ばし、私の鼻から採取した粘液によれば、私は陰性であるらしかった。帰る途中スーパーに寄り、プリンとヨーグルト、キャベツとクノールカップスープなどを買った。家に帰って床に寝転ぶと、床に積んであるまだ読んでいない本がたくさん目に着いた。それらから目を逸らし、YouTubeTwitterをながめていたらその日は過ぎた。