2022年12月25日

先週の金曜日、柏木ひなた私立恵比寿中学を卒業した。私はファンクラブ先行抽選で、運良くチケットを得ることができていた。会社には体調不良を申し出て、いつもより念入りに化粧をして、前日に買った小さめのボストンバッグと、肩掛け鞄を携え、家を出た。

席番があまりよくないことは事前に分かっていたので、駅の近くのヨドバシカメラに駆け込み、双眼鏡を買った。高くてもせいぜい4000円程度だと見積もっていたが、それより二回りくらい高かった。後悔はしたくなかったから、結構いいやつを買った。私はただの客なのに、一世一代の大勝負に挑む気持ちだった、本当に。

東京駅に降りたのが昼頃で、開演までには随分時間があったけど、他に行くあてもなかったからそのまま京葉線の乗り場に向かった。動く歩道の上をそわそわと進む。ツイステッドワンダーランドの大きな広告がずらりと連なっていて、オタクの友達のために動画でも撮るべきかと思いついた頃に終わった。

平日昼間の京葉線はとても心地の良い路線で、向かいの窓辺に流れる景色は都市を離れ住宅街へ、それから工場地帯へと移り変わる。その日はとても天気が良くて、郊外の景色がとても清潔に見えた。ジャンクションの放物線を見ると心が自由になる感じがする。乗客もそれほど多くなくて、エビ中のパーカーを着た人やメンカラコーデらしき服装の人がぽつぽつと増えていく。30分ほどで海浜幕張駅についた。

エビ中のライブ、というか、アイドルのライブに自ら足を運んだのは初めてのことだった。とりあえずペンライトとマフラータオル、双眼鏡も何とか準備したけれど、何となく不備がある気がしてならない。またボストンバッグの方もそのまま持ってきていたので、預ける場所が果たして残っているだろうかと不安になっていたが、いざ幕張メッセに着いてみればなんのことはない。開演4時間前のロッカールームは当然のごとくガラ空きで、拍子抜けした。また後からわかることだが、スタンディングが基本のロックバンドのライブと違って、それぞれ座席があるので、結構大きめの荷物を持ち込む人が少なからず見うけられた。

ロッカーに荷物を押し込んだ途端手持ち無沙汰になり、ひたすらあたりをぶらつく。4時間前とは言っても、グッズ等の購入者や待ち合わせの人々など、すでに多くの人がいた。私も物販でグッズを受け取る手筈になっていたが、指定時刻は2時間先で、暇だからBlu-rayを買ってみたり、その時にもらったスクラッチくじを削ったり、それでもっていくつかグッズをもらったり、そのグッズと一緒に写真を撮ったり、高揚感と冷静さの間を行ったり来たりしながら過ごした。周りにいる人々に素早く目線を走らせる。髪の毛を以前のひなたと同じに染めている人、グッズTシャツを着ている人、全身メンバーカラーの人、オレンジ色のインナー、靴下、ネイル。こんなにいたんだ、と思う。本当にいたんだ。そりゃそうか。

一瞬、デイリーヤマザキのおにぎりで済ませようかと考えたけど、ちょっとお腹が減っていたから駅のほうに戻り、ヴェローチェで小さめのピザを食べた。美味しかった気がする。何故なのか、もっと派手なアクセサリーとかつけてくれば良かったな、としきりに考えていた。ちょっとだけ周りのファンたちに圧倒されていたのかもしれない。もしくは、ついさっき受け取ってパラパラと読んだパンフレットのなかの、柏木ひなたのインタビューに、少々びっくりしていたからかもしれない。2020年の6月からエビ中を見つめてきたなかで、柏木ひなたはずっと、ちょっと天然なところも含めて完璧な人だった。心配のない人だと思っていた節があった。彼女が2021ちゅうおんの後に活動を休止すると聞いた時、また彼女の卒業発表に際するコメントを読んだ時、うまく飲み込めなくて、言い知れぬ不安におそわれた。インタビュー記事に書かれていることが全てだとは思わない。私に何ができたかといえば、別にない、何一つない。それでも、もっとちゃんと見ていたかったと思う。ちゃんと。

駅から再び幕張メッセの方に向かう頃には、ずいぶん日が暮れてきていた。空の色が赤から紫へとグラデーションになっていて、メンカラ全部揃ってるじゃん!と少しはしゃぎ、記念に写真を撮った。

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こうして見ると全然ピンとこない。何処が紫?でもその時はたしかにそう思ったのだ。重要なのはそこだけ。目に映るものがあれもこれも、エビ中からのメッセージに思えてくる、存在しない伏線がどんどん回収されていく。そういうのが楽しかった。とても。

ライブについては、もう書き始めるとキリがない。思い出すだけで胸が苦しい。「手をつなごう」で星名さんがステージに戻ってくる時、ひなたに向かって駆け寄って、勢い余って二人して倒れ込んでいたのとか、真山がひなたのチョーカーをなおしていたその表情とか、紅の詩の最後のしゃくりあげがみんな心なしかいつもより長かったのとか、そんなんあげてったらキリがない。ナガレボシでひなたが涙ぐんでいたのも、インタビューの内容と呼応してぎゅっとなったし、何より最後、マイクを通さずに一人一人ひなたと挨拶を交わす場面、この世で一番美しいものの一つを確かにみたのだった。

フレ!フレ!サイリウムのなかに、「あなたがいるから 私はここにいる」という歌詞がある。アイドルとしての「私」がステージで歌って踊っていられるのは、サイリウムを振る「あなた」、すなわちファンが応援してくれているから。素直に受け取ればそういう歌詞で、でもあの会場で聴いた時、ぶわ!と大きな波が押し寄せてきた。歩道橋から写真を撮った瞬間、エビ中がいなかったら、会社休んで、こんなところまで一人で来て、夕日の写真を撮ることなんてなかったなーと、ふと考えていたのだった。エビ中がいるから私はその会場にいて、さらに言えば、私が今立っている場所は、2020年の6月、初めてMUSICフェスの動画を見た、その延長線上にあり、エビ中がいなければ、今頃どんな景色を見ていたか、もう想像もつかない。別に、その世界線の自分もそれなりに元気にやってるんだろうけど。私はこっちの世界線でつくづくよかった。あなたがいるから私はここにいるのだと、伝わらないとわかっていて、それでも大きくペンライトを振った。