2022年7月5日

スーパーで、上ってくるエスカレーターをまじまじと見下ろしている、3、4歳の子どもを見かけた。私は軒先で傘の雨水を払っていて、ふと後ろを振り返り、大きな窓越しにその姿を見た。少し大きめのレインコートを着た彼の近くに保護者らしき人影はない。きっと心逸って一足早く乗ってしまったのだろう、直に買い物袋を抱えた誰かの頭がひょっこり現れ出るだろうと思った。それにしても、ひとりぼっちの幼い子どもとエスカレーターというのは不安になる組み合わせだ、とも思った。

以前の私は、とくに下りのエスカレーターが怖くてたまらなかった。もう母も妹も祖母もみんな先にエスカレーターを降りてしまって、自分だけが取り残されたときのことをかすかに覚えている。その記憶を思い浮かべようとすると、全体に灰色で、真ん中に真っ直ぐ、黒い階段がごぼごぼと流れている。下にいる家族の姿はぼんやりしていて、むしろピンク色のワンピースを着た幼い自分の姿のほうが、余程はっきり見える。自分の思い出のはずなのに、おかしい。

おそらく昔の私がしていたのと同じように、その子どもは張り詰めた表情をしていた。何か恐ろしいものが到来するのではないかと思うほど、深刻な顔つきだった。私もいくらか緊張して、上ってくる誰かを待った。大人の頭が二つ見えた。それはおそらく、学校帰りに寄ったのだろう男子大学生二人組で、とうていこの幼い子を保護する者だとは思えなかったし、実際そのまま子どもの脇をすり抜けて入り口から出てきた。

子どもに目を戻すと、上ってくる階段に足を乗せようと試みているのが見えた。一瞬にして肝が冷え、スーパーの自動ドアを入り、すぐ脇のエスカレーターに早足で向かった。それを知ってか知らずか、彼は私の目の前で「パパ!」と一声叫び、エスカレーターを離れ、一階フロアの生活用品売り場の奥へと駆けていった。

父親らしき男性は、入口近くにある洗剤の棚の影から現れて、子どもの名前を間伸びした声で何度か呼んだ。駆け寄る子どもを優しく迎えて、二人は手を繋いでその場を去った。見送る私はなんだか変な顔をしていたと思う。それから平気でエスカレーターを降り、トマト二つと茄子三本を買って帰った。